アンノウン神話体系

第3章 錯綜する思い

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 翌日。昼休みになって、学校の裏庭で久遠九縁と四宮烏子は破滅を防ぐための作戦会議を行っていた。
「あと2日で町は破滅する…なんとか対策を立てないと」
 普段の烏子を知っている久遠からすれば、彼女はまるで別人のように活き活きしていると――なんとなくそんな印象を抱いた。それほど久遠と話している時の彼女は――不謹慎かも知れないが――楽しそうに見えた。
 でも、久遠の方は内心そこまで乗り気ではなかった。魔術結社のグレイは余計な行動をとるなと言っていた。もしかして、こうして烏子と対策を立てているこの行為こそが破滅のシナリオに向かう行動ではないかと久遠は考えてみた。
「聞いてる? 久遠君…あたしもできれば解決方法を知覚したいけれど…あたしの力はそんなに便利なものじゃない。できる事とできない事がある。あたしは何でも見えるわけじゃないの。あくまで受動態で自動的なの。何か事件に繋がる物的な手がかりとかあればあるいは…」
 以前よりも雄弁に語るようになった烏子。今までの孤独を吹き飛ばそうとしているみたいだった。
 そしてふと久遠は、烏子が言った物的な手がかりという言葉に思い至った。
「そうだ。手がかりならここにある……」
 あることを思い出した久遠はポケットの中をまさぐり……そこからハンカチを取りだした。
「これは…?」
 血に染まったハンカチを、無表情で見つめる烏子。
「少年に取り憑いていた悪魔から手に入れたんだ。これから何か導き出せないかな」
「分かった。やってみる…」
 烏子がハンカチを手に持って、その場にしゃがんで、そして目を閉じ、集中を始めた。
 久遠は黙って成り行きを見守る。
 烏子の肩が静かに上下している。まるで眠っているようだった。
 というか――。
「すー……すー……」
「眠ってるじゃん!」
 思わずツッコミを入れてしまった久遠。
「人が頑張っている時に邪魔をするなんて…」
 久遠の声に目を覚ました烏子は非難がましい声を出した。
「いや、でも今寝てたよねっ。明らかに寝てたよねっ」
「久遠君。あたしの力を理解してないみたいね…それこそがあたしの本領なの。夢の中であたしは映像を透視する事ができる」
「そ、それは本当なのか……」
「うん。でもそんな事言っても気持ち悪がられるだけだから…黙ってたけど」
「気持ち悪いなんてそんなことないよ……」
 力を持つ者の悩み。久遠にはその苦しみがピンとこないけれど……でも確かなのは――烏子はこの町が3日後に滅びる様子を、夢の中で見たということ。
「過去、現在、未来が混在してあたしに映像を送りつける。あたしが見た破滅はまるでパニック映画で見るような一場面だった。そして……たった今も、映像を見ることができた」
「って……なっ、もう分かったのか? こんな短い時間でっ」
「ええ、成功よ。短い時間だけど見えたわ…どこかのビルの一室かしら。そこに知らない男がいた。全身白い格好をした、銀髪の男の人。そして…桐見凍亞もいる」
 久遠はその言葉に衝撃を受けた。魔術結社の2人。なら……そこに違いない。
「ば、場所は分からないの?」
 先程までは乗り気でなかったのに、今は食い気味で烏子に尋ねる久遠。久遠はこの町がというより、眞由那……いや、アノンの事が心配だったのだ。彼らはアノンを殺す気でいる。できれば久遠は……それを避けたかった。
「…外の風景に見覚えがあったから遠くはないはずだけど…そういえばビルの中はかなり荒れていた。多分廃ビルだと思う…」
 ビジョンで見た光景に心当たりがあるらしい烏子は、記憶を辿るように考えこんでいる。無表情だけど、日本人形のように綺麗な顔をしかませている姿は少し可愛いな、と久遠は思った。
「…分かった」
 やがて、烏子はぼそりと呟いた。
「どこ?」
「学校からそんなに離れていないところ…どうする?」
 小首を傾げて烏子は久遠に問いかける。久遠の答えは決まっていた。この物語は見知らぬ魔術師のものなんかじゃない。久遠の物語は、久遠が主人公なのだ。
「もちろん決まっているさ。僕は行くよ」
 迷いない久遠の言葉に、烏子はしばらく思案するように視線をキョロキョロさせて、
「…な、なら、あたしも…その、邪魔じゃなかったらあたしも行っていい…?」
 決意を秘めた、表情を浮かべて久遠を見た。
「……で、でも危険だよ。何があるか分からないし……」
 ここから先は久遠1人で行こうと思っていた。もしかしたら悪魔に襲われる危険もあるのだから。
 しかし烏子は、
「このまま見てるだけは嫌だから。何か他にもできる事があるかもしれないから。それに…今見たビジョンに出てきた銀髪の男の人に見覚えがある。この町が滅びるビジョンを見た時にも出てきた男…あたしはこの力を持ったことに対する意味が欲しい。そうすれば自分のこの力が少しは好きになれるかもしれない…」
 自分の主張を持たない印象の強かった彼女は、力強く述べた。
 久遠は烏子のその真摯な眼差しに反論の言葉をなくして、
「分かった……なら一緒に行こう」
 彼女をこの事件に巻き込むことに決めた。
 烏子は表情を少し緩め、小さく笑って、
「だったら今から行きましょう」
 と、人気のない裏門の方へと歩いて行った。
 烏子が意外と大胆という一面を知った久遠だった。


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