アンノウン神話体系

第1章 小さな町の怪事件

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「ニュース見たか久遠っ。昨日の晩もあったんだってな、大量の血痕っ」
 教室に入って久遠が席に着くと、すかさず一ノ瀬大智が話しかけてきた。
「ああ、僕も見たよ。またこの辺なんだって?」
 こいつはいつの間に町の情報屋になったんだ、つか朝からテンション高いなぁ、と思いながら適当に返す久遠。
「そうだぜっ。今度はな、人通りの少ないトンネルの中だそうだぞ。また争いの跡があって、トンネルの中が結構破壊されてて危険な状態らしいぜっ」
 その情報源はどこからくるのだろうというくらいに、一ノ瀬はやけに詳しい。
「正確な時間とかは分かってたりするのか?」
 久遠は何気なく聞いてみた。久遠が外に出ていた時刻。もしかしてその時間帯に事件が起きていたかもしれないから。
「う〜んと……トンネルの周辺で騒ぎを聞いた人達によると……夜中の1時くらいって話だそうだ」
 腕組みしながら答える一ノ瀬。体格がいいからとても絵になっている。
「夜中の1時……」
 よりにもよって嫌な予感は的中した。
 久遠が眞由那を探しに外に出ていた時間とぴったり重なっている。
 そしてさらに一ノ瀬は興味深いことを語った。
「しかもそのトンネルの場所なんだけどさ久遠っ。見覚えあるなと思ったら、そこお前の家の近くにある、あの古いトンネルなんだぜ?」
 古いトンネル。それを聞いて、久遠の中に稲妻が走った。
 久遠は勿論そのトンネルを知っていたし、そして久遠は昨夜そのトンネルの手前まで来ていた。
 眞由那を探して知らない内に来ていたが……あのまま進んでいれば、もしかしたら自分が事件に巻き込まれていたかもしれない。
 久遠はとても恐ろしくなったのと同時に――小さな疑問をよぎらせた。
 もしかして、眞由那はあのトンネルにいたのか……? と、そんな事あるはずがないのに、久遠はそう思った。
「ん? どうした、久遠。ぼーっとして……ま、まさか腹でも痛いのかっ?」
 気付くと、一ノ瀬が心配そうな顔をして久遠を覗き込んでいる。
「い、いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」
 久遠は気持ち悪いなぁと思いながら遠い目をしてそう答えた。頭の中のモヤモヤが晴れずに留まり続ける。
 しかし久遠の心情を汲んでいない一ノ瀬はのんびり間延びした声で、
「なんだよ、寝不足か〜? 物騒だから夜はあんま外に出歩かない方がいいぞ」
 それだけ言うと、話は終わりとばかりに大きなあくびをして、机につっぷした。自分の方こそ寝不足気味だったらしい。というか既にいびきをかいている。早すぎる。
「僕は真面目だからそんな遅くに外なんか出ないよ」
 久遠は寝ている一ノ瀬に適当に答えて、そしてふと視線を教室の隅に向けてみる。そして――四宮烏子が久遠を凝視しているのが目に入った。
「……」
 思わず緊張して……そして違和感を感じる久遠。
 昨日も丁度同じように烏子がこちらを見ていた。彼女はクラスの中の誰とも仲良くしていないし、興味だって抱いてなさそうだった。
 だったらもしかして――自分に何かあるのだろうか、と久遠は感じた。
 四宮烏子には霊感があるという噂は一部の間では有名だ。
 小学生の時、烏子と同じクラスだったことのある久遠は、たまに彼女がおかしな事を言うのを聞いていた覚えがあった。といっても、中学生に上がる頃からは烏子は随分大人しくなったのだが。でも昔はよくそれが原因で問題を起こしていた。
 そんな烏子がじっと見てくるので、久遠はいいようのない不安を感じる。さらにその後つつがなく学校生活の時間が流れていったが、烏子からの視線は途切れることなく何度も感じた。
 やっぱり僕に何かあるんだろうか、久遠は想像は確信へと徐々にうつろいでいく。
 だから放課後――小学生からのよしみでもある久遠は、今までほとんど話した事のなかった烏子の元まで行って聞いてみることにした。
「四宮さん、ちょっといいかな?」
 授業が終わったばかりの放課後の喧噪の中、久遠は帰り支度をしている烏子に声をかけた。
「…なに?」
 烏子は一言、感情の読み取れない声で言った。
 これが彼女のデフォルトの姿。
「いや、なんか最近四宮さん僕の方をチラチラ見てただろ。だからちょっと気になってさ」
 烏子の排他的に見える態度に慣れている久遠は、スラスラと用件を伝えた。
 少し吊り気味の瞳を虚空に向けながら、話を聞いているのか聞いていないのか分からない様子で久遠の言葉が終わるまで待っていた烏子は、
「別に…」
 と、やはり一言だけで返答した。
 その返事もまぁ、久遠にとっては予想済みのものではあるけれども。
「その……もしかしたら、僕に何かある、とか?」
 久遠は声を落として言った。
 たぶん四宮烏子本人は、自分の霊感に対して快く思ってないんじゃないだろうか――というのが久遠の彼女に対する見解だった。だからできるだけ自分からはそういう話を振りたがらないのだろうと、だから僕の方から話を振ろうと、そういう態度で久遠は烏子を促す。
 でも烏子の返答は、
「別に…なんでもない」
 期待はずれの結果。表情を変えることなく、同じ答えを返した。
「そ、そう。なら別にいいんだ……」
 久遠はなんだか気まずくなって、そこで追求をやめることにして、さっさと帰ろうと思った。
 いつの間にか教室の中にはまばらにいた生徒達の姿は消えていて、教室の窓から差すオレンジ色の夕日が机の上をぼんやりした光でにじませていた。
 久遠は鞄を持って、四宮烏子と2人きりの教室を後にしようとする。その時――。
「…気を付けて」
 まるで深夜に聞こえる秒針の音のような声が、静寂を破った。
「えっ? 気を付けてって何に……?」
 唐突な烏子からの忠告に、久遠は振り返って疑問符を頭に浮かべる。
「あまり余計な事に首を突っ込まないほうがいい…」
 と、四宮烏子は意味深な言葉を残し、席を立ち上がった。
「よ、余計なことって?」
 烏子の言葉の意味は分からない久遠はその真意を尋ねる。
 やはり何か事情を知っているのだろうか。
「…」
 しかし烏子は何も答えず、そのまま教室の外へと出ていった。
「な、なんなんだよ……」
 いつもは何事に対しても無関心な四宮烏子がいったいどういうつもりなのだろうか。
 久遠はほんの少し寒気を感じて、そのまましばらく教室の中に立ち尽くしていた。
 グラウンドからは運動部の練習する声がかすかに聞こえてきた。
 久遠は一人きりの教室を出た。

 家に帰った久遠は現在、自室で考え事に没頭している。
 どうしても烏子の態度に納得いかない久遠はある仮説に到達した。
「もしかして四宮さんが言っていた余計な事って、昨夜眞由那の後を追いかけた事なのか……?」
 一見すると関連性のない事柄だけど、結びつけるとどうにも妙にしっくりと馴染むのだ。
 だとしたら謎の失血事件。自分はそれに足を突っ込んでいるのだろうか。少なくとも昨日の事件は丁度、久遠が眞由那を探しに外出していたのと同じ時間帯だったし、現場は久遠が通りがかったトンネルであったし……そうなるとやはり眞由那に疑問が向かう。
 上遠野坂眞由那――。物心ついた時から一緒にいて、まるで兄妹のように仲良くしてきた2人。そして眞由那を守るとあの日誓った。
 だったら、久遠の答えはもう決まっていた。烏子の言葉なんか気にしていられない。


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