アンノウン神話体系

第1章 小さな町の怪事件

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3

 
 朝になって久遠が目を覚まし、居間に行って朝食のパンを食べながらTVを付けるとそこには驚くべきニュースが流れていた。
『2日連続で起こった流血事件。いずれの事件にも被害者などの情報がなく、以前捜査が続いていますが未だに手がかりがありません。発見場所は近く、2件は同一人物による犯行と思われます』
 思わずパンを持って、口を開けたまま間抜けな表情で固まる久遠。
 その内容は昨日久遠が一ノ瀬から聞いた事件と同じものだった。昨夜、また発生したのだ。
 その時ふいに久遠の頭に昨夜の事が浮かんだ。
「まさか眞由那が……っ」
 その事件に眞由那が関わっていたら。そういえば昨日の夜から眞由那の姿を見ていない。
 ぞっとした久遠は、すぐに眞由那の部屋のほうまで向かっていった。
「おい、眞由那。いるかっ?」
 久遠は眞由那の部屋の扉をノックする。……だけど、返事がない。
「お、おい、眞由那。眞由那ったら」
 尚も久遠はノックする。しかしやはり何の反応もなく。
 久遠はとても嫌な予感がした。眞由那が昨夜外に出ていたとしたら、流血事件の被害者が眞由那だとしたら……そう考えると久遠はいてもたってもいられなくなったので、扉のノブを掴んで回してみた。
「あ……開いてる」
 扉の鍵を壊す勢いでノブを回したのだけれど、鍵はかかっていなかった。
 久遠は深呼吸をして、
「ま……眞由那。入るぞ」
 扉をゆっくりと開け、そして部屋の中に入った。
 中はいつもとなんら変わらない、ファンシーな様相のいかにも女の子って感じの部屋。
 すぐにベッドの方を見てみると、シーツが膨らんでいるのが分かったが、その膨らみの中に眞由那が眠っているのだろうか。
「眞由那……まだ寝てるのか?」
 確かめるまでは安心できない。
 久遠は恐る恐るベッドの方に寄っていって、そしてシーツをめくってみることにした。
「すーすー」
 シーツを徐々にめくっていくと、そこには気持ちよさそうに眠る眞由那の姿。
「よ、よかった眞由那。おまえ……って、うえっ!?」
 更にシーツを半分ほどめくって、久遠の動きは固まった。
「う〜ん……九縁。そこは駄目だよぉ〜」
 安らかな吐息を立てている眞由那の格好は――下着姿だった。豊かな胸が吐息に合わせて穏やかに上下してる。
「……ってええええええええ! なんじゃいっっ!!!」
 久遠は仰天のあまり思わず大声を上げてしまった。
「って、しまっ……」
 思わぬ愚行に久遠は慌てて口を塞ぐが……時すでに遅し。
「ふあ〜……? ん、あれ? 九縁……え? 九縁っ?」
 白いブラを付けた眞由那が意識を覚醒させた。
「え、えーと……眞由那。これには深いわけがあるんだよっ」
 あたふたとみっともなく久遠はいいわけしようと試みる。
 そんな様子を眞由那は黙ったまま、寝起きのぱっちりした瞳でじっと見つめていて――そして言った。
「もう。九縁ったら。お母さんが出張に行った途端いきなりこんな大胆なことしてくるなんて……私はいつでも準備はOKだよ?」
 優しく微笑んで両腕を広げ、まるで久遠を迎えるように目を閉じた。
「何がっ!? 何の準備がOKなのっ!? つーか、そんなんじゃねーしっ! ってかそのリアクションおかしーだろっ!」
 久遠は胸をドキドキさせながらも、シーツで隠すように無理矢理眞由那の体にかけて、そして後ずさる。
「もぉ〜。九縁はいくじなしなんだからぁ」
 すると眞由那はシーツから顔だけ出しておかしそうにコロコロと笑った。
「お前が積極的すぎるんだよっ」
 正直言うと眞由那は、顔だけならそこらのアイドルじゃ比較にならない位の、稀に見る美少女の部類に入っているし、長い髪もサラサラで綺麗だし、スタイルもそこそこよくて、女性としては魅力のある方なのだろう。
 だけど――久遠はどうしても眞由那をそういう目で見ることはできなかった。眞由那の方はどう思っているのか知らないが……久遠はどちらかというと、眞由那のことは妹のように思っていた。
 というか血は繋がってないけど、社会的にはほとんど兄妹のようなものなのだ。
 それに久遠九縁は恋する相手がいるのだ。しかしそれはもう、決して叶わぬ恋だけれど。
「で、夜這いじゃないとしたらなんで私の部屋に無断で入ってきたわけ? 盗み?」
「お前は僕の事をいったい何だと思ってるんだよっ。眞由那がちゃんといるか確かめに来ただけだよ!」
 心配して損した、と久遠は軽く……いや、おもいっきり後悔していた。
「またまた変な事言っちゃってー。どうしたっていうの?」
 シーツをくるくる体に巻いて、まるでサナギみたいな格好で久遠を見据える眞由那。
「ん。いや……眞由那さ、昨日の晩どっか行ってたのか?」
 久遠は昨日と同じ質問を再び眞由那に尋ねてみた。
「……ううん。どこにも行ってないよ。ぐっすり眠ってたけど……なんで? どうしてそんな事聞くの?」
 そう答える眞由那の表情は全くの素のもので、感情の変化をまるで感じられなかった。
 まるでそれは抜け殻のようで、眞由那の体が何者かに操られているみたいに。
「あ、いや……それなら別にいいんだ」
 眞由那の様子に久遠は少し怯んでしまって、追求の手をそこで止めてしまった。
 それにこの様子だとやっぱり眞由那は外出していないようだし、それにこれ以上深く訊いてみたところでまた電波な話を聞かされるだけだろうと考えた。
 だから久遠は、そのまま話題を変えることにした。
「で、眞由那。今日こそお前学校に行けよな」
「それはやだ」
 即答で答える眞由那に、久遠はため息を吐いて。
「そろそろ学校に行かないと友達もできないぞ」
「うるさい、九縁。早く学校行け。セクハラで訴えるよ」
 眞由那がサナギのまま唐突に立ち上がって――、
「な、なにしてんだよ眞由那っ」
 体に巻いたシーツを徐々に下げていく眞由那。
「なにって着替えるのっ。ここは私の部屋なんだよ」
 久遠がいることもお構いなしに、尚も眞由那は布を下げていく。
 少しずつ少しずつ裸体が露わになって、胸元までくると。
「わ、わかったあああああっ! 出て行くよっっっっっ!!!」
 慌てて久遠は部屋を出て行って、そして1人で学校に向かうことにした。
 結局、今日も眞由那を学校に連れ出す事は失敗に終わったのだった。


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